「山姥の髪の毛」について

 きのこ探しをしていると、毛髪のようなものが見つかり、一瞬何だろうと驚くことがある。落葉や小枝から黒い毛がニョロニョロと伸びている様子は、誠に不思議な感じがする。長さが数センチのこともあるが、数メートルに達することもあり、林内一面に網の目のように伸びていることもある。表面は、漆を塗ったように光沢があり、堅い。これは根状菌糸束とよばれるもので、きのこの菌糸が束になって発達したものだ。表面の丈夫な根状菌糸束は、乾燥や他の微生物の攻撃に耐えることができる。きのこは、菌糸束を伸ばすことで、着実に自らの縄張りを広げる。ホウライタケ属、ナラタケ属のものが普通だが、子嚢菌のマメザヤタケ属のこともある。但しきのこが無く菌糸束だけの場合が多いので、菌糸束から種名を調べるのは難しい。

 予備知識が無いと、一体何物なのか首をひねることになる。品物考證(1853年)のように「雲霧草、一名長髪草、キビケ、ヤマウバノカミノケ。深山木石に生える。髪を乱したようで色は黒い。松蘿(サルオガセ)の類である。」と、冷静に判断した人もいた。しかし、昔の人には奇々怪々な物であったようで、「山姥(つまり妖怪、怪物の類)の髪の毛だろうか?」と思ったようである。

 想山著聞奇集には「尾張国春日井郡氷野村の庄屋方の焚き残りの薪の中で、ニワトコに似た細い木に長い女の髪の毛のようなものが幾筋も生えているのをふと見つけた。余りに珍しい物なので代官陣屋に訴え出たところ、名古屋に運ばれたが、如何なる物か評議がつかなかった。本草学に詳しい者もいたけれど、『珍しいものですなあ』と言うだけで、さっぱり知らなかった。(中略)これは文政八年のことである。」とあり、同様の記録が各地に残っている。

 また日本各地の神社や寺の宝物の中に「七難の揃毛(そそけ)」と呼ぶ長い髪の毛のような物があるが、これもきのこの根状菌糸束かもしれない。箱根権現、下総石下村東光寺、江州竹生島、信州戸隠山の物が有名である。閑窓瑣談によると、「上野国甘楽郡新羽村に神流川という川があった。慶長の頃、洪水の時にそこの板の橋にとても怪しげな毛が流れて引っかかっていた。地元の人が見つけて拾い上げてみたところ、毛の長さが三十三尋(約六十m)以上あった。色は黒くて艶があって美しかった。しかし何の毛であるか判らなかった。村人達はあまりにも驚いて色々と相談したが、その侭放っておくのもどうかと思い、その頃有名な易者に占わせたり、湯立ち(占いの方法)したりした。すると『この毛は、野栗権現が流したもう陰毛である。』と巫女が言ったので、毛をその神社に奉納した。当時は陰毛の宝物として有名だった。また毎年六月十五日の祭礼の時は御輿が出るのだが、後にはその陰毛を箱に入れてこれを恭しく持ち歩くそうである。」だそうだ。「鰯の頭も信心から」というから、御利益があるかもしれない。

 マレー半島のセマング人は、「岩蔓」と呼んでいる靴紐よりやや細い黒く光るなめし革様の物で、とても美しい腰帯を織る。この岩蔓も、きのこの根状菌糸束である。アフリカのガボン、ギニアでも同様に織物に用いるらしい。探せば日本にもあるかもしれない。