広葉樹林

常緑広葉樹林

常緑広葉樹林の動態解明

生態秩序



研究の目的

 常緑広葉樹林は,主に西日本に分布する天然林です(図−1)。現在では常緑広葉樹林は各地で孤立化しており,環境保全や野生生物の保護の観点からそれらの森林の維持・再生が必要となってきました。そのためには,常緑広葉樹林を構成する樹木の生態を明らかにし,常緑広葉樹林が維持される仕組みを知らなければなりません。そこで,森林総合研究所九州支所では,宮崎県綾町に残る天然生常緑広葉樹林に試験地(綾試験地)を設けて,樹木が更新する様子,森林の移り変わり,樹木と動物の関係について長期間の観測を行っています。

試験地の植生

 綾試験地(図−1)は,人間の影響が比較的少ない成熟した常緑広葉樹林です。イスノキ,ウラジロガシ,アカガシ,イチイガシ,タブノキ,シイなどが林冠を形成しています。樹高30m以上の高木や胸高直径1m以上の大径木もみられます。

試験地の概要

 綾試験地には4fの調査区域が設けられ,毎木調査などが行なわれています(図−2)。また,その中の1.2fの調査区域では,シ−ドトラップや方形区を規則的に配置して,種子や実生(芽生え)の観測を行っています。

林冠の変化

 真上からみると,さまざまな形や大きさの樹木の樹冠が,互いに重なりながら林冠を形成しています(図−3)。このような林冠の様子は,まれに大きく変化することがあります。綾試験地では,1993年の台風13号によって多くの樹木が倒れ(写真−1),林冠ギャップ(林冠が覆っていない空間)が広く出現しました(図−3)。このような林冠ギャップには,カラスザンショウなど先駆的な樹種の実生が多数みられるようになります(写真−2)。


写真−1 台風撹乱によって発生した根返り


写真−2 林冠ギャップで一斉に芽生えたカラスザンショウの実生

光環境

 林床から林冠を見上げると,所々に林冠ギャップが空いているのがわかります。開空度(林冠の空いている割合)は,稚樹の成長に十分な光が届くかどうかに大きく影響します。開空度の分布をみると1993年台風13号後には,大小の違いがはっきり現れました(図ー4)。

リタ−フォ−ル

 常緑広葉樹林では1年間に1uあたり平均700gのリタ−フォ−ル(樹木から落下する葉,枝,花,果実など)があります。その量や内容は測定年により大きく異なり,強い台風がきた年には多くなります(図−5)。
 常緑広葉樹林の落葉の特徴は5月に最も大きなピ−クがある点です(図−6)。また,台風の影響を受けた場合(図中の矢印),5月の自然落葉と同程度の緑葉の落下が認められました。

種子の散布と実生の定着

 綾試験地では木本植物の大部分が多肉果や堅果をつけ,鳥類やほ乳類によって種子が運ばれます(図−7)。
 多くの樹種で,実生の生存率は親から離れたほうが高い傾向がありました(図−8A)。また,林冠ギャップ内外での実生生存率の違いは,樹種によってさまざまです(図−8B)。
 種子が散布され実生が定着するまでの過程には,動物,林冠ギャップ,親個体からの距離など多くの要因が関係しているようです。

森林の遷移と昆虫の関わり

 森林には,葉を食べるもの,実を食べるもの,材を食べるものなどさまざまな食植性昆虫が住んでいます。なかでも木の幹に孔を開ける昆虫は木の健康と関係することが多く,森林の移り変わりにも影響を与えることがあります。
 カシノナガキクイムシは体長5mmほどの甲虫です。広葉樹の幹に深い穴を掘り,そこで育てた特殊な共生菌を餌にして両親が子供を育てます(写真−3)。子供は約1年かかって親になり,新たな木を探して穿孔します。 昆虫研究室では常緑広葉樹林(綾リサーチサイト)の中でのこの虫の生態を調べています。
 この虫が孔を開けると幹からは樹液が出たり,跡が残ったりするので過去の被害もわかります(写真−4)。被害木はアカガシ,ウラジロガシ,マテバシイが圧倒的に多いですが,これらの木は森全体のなかではわずかしかありません。木の種類を選り好みしているわけです(図ー9)。
 また,おなじ種類の木の中でも太い木を好みます(図はウラジロガシの例)。その理由はよくわかりませんが,幹の奥深くで子供を育てるため,あまり細い木は繁殖などの面で不利なのかもしれません。
 穿孔される木は,左図のように林内に広く分布し,かならずしも前年の穿孔木の近くに翌年の穿孔木が集中するわけではありません(図-11)。カシノナガキクイムシは生きた木ばかりでなく,枯死して間もない木にも穿孔します。穿孔される可能性のある木のうち,実際に穿孔を受けるものは,主な被害樹種であるアカガシ,マテバシイ,ウラジロガシのそれぞれについて,多い年で7〜8%程度です(図−12)。1992年前後の数年間は大きな台風が何度かリサーチサイトを襲ったため,巨大な木が何本も倒れ,その中には無数のカシノナガキクイムシが穿孔したものが見られました。図−11で「枯死・倒木」とあるのが,そうした木への穿孔を示しています。その他は,生きている木です。

図−9 被害木と全立木の樹種構成の比較


図−10 立木の直径分布と各径級の被害率

 過去の被害痕を持つ木は,樹幹の枯れている割合がやや大きい傾向にあります(図−13)。したがって枯れと虫の穿孔の間になんらかの関係があることはたしかです。しかしカシノナガキクイムシが木を枯らすのか,それとも逆に枯れたり弱ったりした木に好んで入るのか,この因果関係はまだわかっていません。
 穿孔された木には,変色が見られることがあります。また現在各地で,シイ・カシ類の枯損が報告されておりカシノナガキクイムシとの関わりが関心を呼んでいます(写真−5)。今後の研究によってこの点が明らかになれば,森林の衰退や更新におけるこの虫の役割も見えてくることでしょう。


写真−5 カシノナガキクイムシの被害木に見られる変色(左)と,カシ類の枯損(右)

植生遷移への絹皮病の影響

 森林生態系の中で,菌類は落枝や倒木を腐らせ分解させる役割を果たしていますが,中には腐らせるだけでなく生木に寄生して枯らす菌があります。
 絹皮病菌はその代表的なもので,菌糸膜を拡げ覆った部位を徐々に枯らし腐朽させます(写真−6)。ツブラジイに絹皮病菌を自然条件下で接種すると,幹の太さ10〜20mmの個体では,3年目に約半数が枯死しました(図−14)。また,ツブラジイはイチイガシやシラカシと比較して容易に絹皮病被害を受けました(表)。異なる林齢の広葉樹林では,絹皮病の本数被害率が1〜3%で推移し,植生に影響を与えていました(図−15)。
 これらのことから,九州地域の常緑広葉樹林が遷移する途上にツブラジイが優占する時期がありますが,ツブラジイが枯れてカシ類などと交代するときに,絹皮病が大きな役割を果たしていることがわかりました。このように,絹皮病菌は分解者としての役割だけでなく,生木に寄生し枯らすことによって遷移を促進する役割を果たしています。