>>  Home  >>  九州の森と林業 >> 第78号 平成18年12月1日発行
森林総合研究所九州支所 定期刊行物 九州の森と林業

絞め殺し木アコウの生活史

森林生態系研究グループ  大谷 達也 

1.はじめに

写真-1 気根を垂らす巨大なアコウ
写真-2 タブノキに絡みつくアコウの気根

 アコウという木をご存じでしょうか。アコウ(Ficus superba var. japonica )はクワ科イチジク属に分類される常緑の高木です。枝から垂れ下がるヒゲのような気根、編み目のように絡み合った幹、そして巨大な樹冠など一度見るとなかなか忘れられない特異な姿をしています(写真-1)。南九州の各地では神社の境内に文化財に登録されるほど大きな個体があったり、海浜公園に植栽されたりしているので、ご覧になったこともあると思います。夕方に樹下に立つと密に茂った葉のおかげで一段と暗く、何かが出てきそうな気味の悪さです。奄美大島ではこの木にはケンムン(クィンムン)という赤毛の妖怪が住んでいるといわれていますが、確かにそんな伝承も納得できる雰囲気です。異様な姿をしたアコウですが、その生活の様式も絞め殺し木という物騒な言葉で表現されます。

2.絞め殺し木という生活様式

 絞め殺し木というのは立派な学術用語です。この生活様式をもつ樹木の種子は、トリ、コウモリ、サルなどの動物によって、森林内に生育するほかの樹木の枝や幹の上に運ばれます。木の上で活動するさまざまな動物が、絞め殺し木の果実を食べたあとに別の木へと移動し、種子の混じったフンを排泄するのでこのようなことが起こります。大きな枝のつけ根や幹のくぼみに残された種子はそこで発芽し、樹上から気根を垂らしていきます。気根が地上に到達するとどんどん太くなり、絞め殺し木は大きく成長していきます。やがて始めにあった木の枝葉を覆い尽くし、幹にも気根を絡みつかせます(写真-2)。もとの木が気根によって絞め殺されているように見えることから、このように呼ばれます。実際に最終的にはもとの木は枯れてなくなり、絞め殺し木だけが残ります。植物は日光を求めて上へ上へと伸びるわけですが、ツル植物が地面で発芽してからほかの植物にはい登っていくのに対し、絞め殺し木は上から下へと成長していくわけです。

写真-3 コンクリート擁壁にくっついたアコウ

 特異な生活様式をもつアコウですが、森林で生育している全てのアコウが絞め殺し木として成長しているわけではありません。鹿児島県屋久島の西部海岸地域には世界自然遺産に登録されるほど大規模な照葉樹林が残されています。この地域に生育している300 個体ほどのアコウを調べたところ、半分強は絞め殺し木の姿をしていましたが、残りは沢沿いの大きな岩にまっすぐ立っていたり岩壁に張り付いていたりといったものでした。ヤドリギなどの寄生木がほかの樹木の中に食い込んで栄養を奪うのに対し、絞め殺し木は乗っかっているだけです。屋久島の例では、樹木でも岩でも何かの上で成長している個体がほとんどで、日光のよく当たらない地面から生えている個体はごくわずかでした。とにかく何かの上に乗って、光のよく当たる場所に生えるということのようです。南九州の各地では道路や川沿いのコンクリート擁壁にアコウがくっついていることがよくあります(写真-3)。

 しかし、日光がよく当たるならどこでもいいというわけでもありません。屋久島西部の場合には、およそ300個体のアコウの分布から尾根筋を避けるような傾向がみられました。アコウのない尾根筋はマツやツツジが多く生えている、非常に乾燥した場所でした。実際に温湿度計を設置してみると、このような尾根筋ではアコウの多い谷筋よりも乾燥しており、とくに冬の乾燥が顕著でした。根を空気中にさらすアコウでは、冬の乾いた季節風が分布を阻害する要因になるのかもしれません。コンクリート擁壁にくっついているアコウをよく見ると、多くの場合、排水パイプのところに生えています。極端に乾燥せず日光のよく当たるところ、アコウの生えている場所をこのように言い表すことができるでしょう。

3.昆虫との共生関係

写真-4 アコウ果実の内部。果実外周部のうす黄色い楕円状のものが種子、果実中央部の穴の開いた茶褐色のものは虫えい。果実の直径は1 cmほど

 さてもうひとつ、ほかの樹種にはあまりない特徴をアコウはもっています。植物が花粉を飛ばす際には、風や水、チョウやハチなどさまざまなものを利用しています。ところがアコウの場合は、花粉を運ぶのはアコウコバチ(Blastophaga ishiiana 、以下コバチ)という1種類の小さな昆虫だけです。しかもアコウは、この昆虫を果実の中に寄生させて育てています。成熟したアコウの実の中にはたくさんの種子がありますが、種子のように見えるものの中には穴が開いているものがあります(写真-4)。これらは内部でコバチが成長した後、穴をあけて出ていった残骸(虫えい)です。成長したコバチは虫えいから出たあと、果実の中で交尾をします。その後、コバチのメスは花粉を体につけて果実の外へ飛び立っていきますが、オスは交尾をするだけで果実の外へ出ることなく死んでしまいます。外へ出たメスは新しいアコウの果実を見つけて潜り込みます。このときの果実は正確には果実と呼べる状態ではなく、内部では雌花が咲いているだけです。コバチのメスは、いくつかの雌花に卵を産み付けると同時に花粉をばらまきます。花粉のついた雌花はやがて種子となりますが、卵を産み付けられたものは虫えいとなりコバチを育てることになります。花粉を運んでもらう代わりにゆりかごを提供するという、アコウとコバチの緊密な共生関係です。

 ここでちょっと問題発生です。果実から飛び出したメスのコバチは数日しか生きられないといわれています。つまり無事に花粉を運び卵を産み付けるためには、メスが成熟した果実から出てきたときにそれを受け入れる新しい果実が必要です。また、卵から成虫にまでコバチが成長する期間は1ヶ月から数ヶ月とされています。ということは、コバチとの共生関係を維持するためには、アコウは1年よりもずっと短い周期で果実をつける必要があります。季節のある温帯では、植物は1年のある時期に花を咲かせ実をつけます。サクラは春に咲いて初夏に実がなり、クリは秋に実がなります。温度や光環境の周期的な変化、つまり春夏秋冬の季節変化に適応して植物は生きています。いくら南九州が暖かいといっても季節変化はあり、アコウが生えているのと同じ場所でよくみるタブノキやハマヒサカキといった樹木は年間の特定の時期に実をつけます。四季のある温帯でアコウだけが一年に何度も実をつけることができるのでしょうか。

 ところが屋久島西部でこれまで3年間、70個体ほどのアコウについて結実の状況を記録したところ、たしかに年間のいずれの時期でも平均3割ほどの個体が果実をつけており、果実がなくなる時期はまったくないことがわかりました(図-1)。季節のある温帯でも、アコウとコバチの共生関係はしっかりと維持されているようです。ただ、新しく果実をつける個体の割合は冬に下がる、新しい葉が展開するのは春先に多いといった、季節と関係のある現象も見つかっています。アコウとコバチの共生関係は季節をまったく無視して成り立っているのではなく、季節の制約を受けながら何とか維持されているようです。じつはアコウのようなイチジク属の樹木は熱帯を中心に分布し、コバチとの共生関係も熱帯で確立されたといわれています。アコウは熱帯での特性をもったまま、温帯で生育しているといえます。季節変化の乏しい熱帯で確立された共生関係を温帯ではどのように実現しているか、つまりアコウの各個体がどのように結実の時期を調整しあって年間のいずれの時期にも果実があるという現象を維持しているかという疑問を、今後あきらかにしたいと考えています。これにより、植物が季節に適応する過程についてより理解を深めることができるでしょう。

図-1 屋久島西部海岸地域における結実アコウ個体の割合の変動。季節に応じた傾向はみられず、どの時期にも結実個体が存在している。

4.おわりに

 ユニークな特徴をもつアコウですが、アコウが好む海に近い場所、つまり標高の低い場所では人間活動が盛んで、山間部に比べ森林の面積は少なくなっています。海岸を含め低標高地域は古くから住宅地や農地、工業地帯として開発されています。森林が残されていたとしても人手がよく入り、アコウが絡みつく大径木があることはまれです。その結果、絞め殺し型のアコウの巨木が森林内に点在しているような場所は屋久島などの島嶼に限られ、九州本土ではあまりありません。森林内でなくとも、海辺の道路沿いや住宅周辺でアコウはたくましく生育していますので、コバチも含め種の存続という点では問題はないでしょう。ただ絞め殺し型のイチジクとして、アコウはもっとも高緯度にまで分布している樹種のひとつです。また、九州の海岸近くに成立する森林は亜熱帯性の種を含むなど、山間部に残される照葉樹林とは異なる特徴をもっています。アコウも含め海岸・低標高地域の森林にもっと関心が向けられ、その保全策が検討されるべきだと思います。そのためには民有地をふくめた保護地域の設定が必要だと考えています。


独立行政法人 森林総合研究所九州支所