>>  Home  >>  九州の森と林業 >> 第76号 平成18年6月1日発行
森林総合研究所九州支所 定期刊行物 九州の森と林業

阿蘇火山の活動と草原の歴史

-カルデラ東方域での植物珪酸体分析結果から-

山地防災研究グループ  

宮縁 育夫  

古環境研究所

杉山 真二

1.はじめに

写真- 1 阿蘇火山に広がるススキ草原

 九州のほぼ中央部に位置する阿蘇火山は、わが国を代表する活火山の一つです。世界屈指の美しさをもつカルデラとその周辺域には、わが国最大級の面積を誇る草原が広がっています(写真- 1)。この雄大な草原の景観は、この地域の重要な観光資源として活用されてきましたが、近年、牧畜業の低迷や農業従事者の減少によって草原の面積は減少を続けています。

 古文書等の解釈から、阿蘇の草原は「千年の草原」と呼ばれてきましたが、自然科学的な研究はあまり行われていませんでした。そこで、私たちは植物珪酸体分析という方法を使って、阿蘇の草原の歴史を科学的に調べることにしました。

2.阿蘇火山の活動とテフラ層

 阿蘇火山は、約27 万年前から9 万年前までの間に4 回の巨大火砕流噴火を起こし、その結果として、直径約20km のカルデラが生じました。現在、カルデラ内にある高岳や中岳などの山々を中央火口丘群と呼びます。この中央火口丘群の活動は、カルデラ形成直後に始まったと考えられており、溶岩などを噴出して17 個以上の火山体をつくってきました。

 また、爆発的な噴火が何度も起こり、軽石やスコリア(多孔質で黒い火山噴出物)、火山灰を大量に放出しました。これら3 つの火山砕屑物をテフラ(ギリシャ語で“火山灰”の意味)と呼んでいます。日本では基本的に西風が卓越するため、空高く放出されたテフラは火山の東側に厚く堆積する傾向があります。阿蘇火山では、阿蘇市波野などカルデラの東側の地域で、降下テフラがとくに厚く積もっており、最大で100m 近くの厚さがあります。

写真- 2 阿蘇カルデラ東方域に厚く堆積するテフラ層(阿蘇市波野の調査断面)

 写真- 2 は、阿蘇市波野で林道工事によって出現したテフラ層の断面で、おびただしい量のテフラ層が見られます。写真下部にある白い軽石層は約3 万年前に草千里ヶ浜から噴出したものです。この軽石層など、厚さ1mを超えるテフラ層も認められ、こうしたことは、阿蘇火山の活動の凄まじさを物語っています。

写真- 3 調査断面から検出された植物珪酸体の顕微鏡写真

3.植物珪酸体とは?

 植物珪酸体とは、植物の細胞内にガラスの主成分である珪酸(SiO2)が蓄積したものです(写真- 3)。テフラ層とテフラ層の間には、火山活動が休止あるいは静穏な時期にできた土壌層があります。この土壌層中には、植物珪酸体が微化石(プラント・オパール)となって半永久的に残っています。植物珪酸体は、植物の種類によって形や大きさが異なるため、それを調べることによって、土壌層ができた当時に、どのような植物があったかを知ることができるわけです。

4.植物珪酸体分析からみた草原の歴史

 私たちは、地表から約19m の深さまでの土壌層から67 点の試料を採取しました。最下部の土壌層は、約3.2 万年前のものです。地層の性質の違いや分析の結果から、調査断面は、地表から順に①現在から約1.3 万年前の上部帯、②約1.3 万年前~ 3 万年前の中部帯、③約3 万年前~ 3.2 万年前の下部帯の3つに分けられました(図- 1)。

 上部帯に含まれる植物珪酸体は、草原環境の存在を示すススキ属型のものがほとんどで、全ての試料から多量に検出されました(写真- 3)。一方、いくつかの試料からは樹木起源の珪酸体も認められましたが、ごく微量でした。

図- 1 阿蘇市波野のテフラ断面における植物珪酸体分析結果

 最終氷期の最も寒い時期にあたる中部帯からは、植物珪酸体はほとんど検出されませんでした。この時期には阿蘇火山の活動が活発で、多量のテフラが積もったことがわかっており、気候の寒冷化とともに、火山活動の活発化によって草原植生が衰退傾向にあったと考えられます。

 下部帯では、ミヤコザサ節やチマキザサ節型の植物珪酸体が多量に認められました。樹木起源のものは全く検出されないことから、その当時、ササ属が優占する草原が広がっていたものと推定されます。

 これらの分析結果をまとめると、調査地点の植生は、ササ草原(約3.2 ~ 3 万年前)、気候や火山活動で衰退したササ草原(約3 ~1.3 万年前)、ススキ草原(約1.3 万年前~現在)へと変遷していることがわかりましたが、森林が存在したという証拠は認められませんでした。

5.草原環境と人間活動

写真- 4 阿蘇の草原で行われている野焼き
(1999 年3 月に阿蘇市一の宮町で撮影)

 私たちの研究で注目すべき点は、ススキ属を主体とする草原が、最近約1.3 万年間にわたって継続しているということです。ススキ草原が、これほどの長期間継続したという例はこれまで国内で報告されていません。

 ススキの種子は風で飛散するため、裸地ができたときには容易に侵入することができます。しかし、一旦は定着したとしても、ススキ草原が自然状態で長期間継続することは難しいといわれています。現在、阿蘇地域で行われている野焼き(火入れ)を中止すると、数年で灌木が巨大化して、ススキが衰退することが報告されています。したがって、ススキ草原が1 万年以上も長い間継続したことには何らかの原因があります。調査地点は中岳火口から10km 程度も離れておりススキ以外の植物が繁茂できないほどの火山ガスの影響を受けていたとは考えにくいのです。

 しかし、人間による影響が古くからあったと仮定するとどうでしょうか。阿蘇の草原は、長年にわたる採草・放牧・火入れにより発達・維持されてきたとされています。なかでも野焼きは最も効率的に草原植生を維持できる方法で、現在でも毎年春に行われています(写真- 4)。

 遺跡の調査から、阿蘇カルデラの周辺域では3 万年前頃(旧石器時代)から人間活動があったことがわかっています。ススキ草原が始まる約1.3 万年前という時期は、旧石器時代と縄文時代の境界にあたります。当時は十分な道具もない時代ですから、草木を刈り取って、広範囲にわたって草原を維持することは容易なことではなかったと思われます。したがって、火入れをして焼き払うということがもっとも簡単な方法だったのでしょう。では、どうして広い草原を維持する必要があったのでしょうか。旧石器時代から縄文時代は狩猟生活が中心だったので、広く見渡せる草原の方が好都合であったという考えもあるようです。ただ、本当の理由は、古代の人々に直接聞いてみないとわかりません。

6.おわりに

 私たちの研究により、“千年の草原”といわれてきた阿蘇の草原が、“万年オーダー”のものである可能性が出てきました。今回は一地点での分析でしたが、今後は複数の地点で調査を行い、阿蘇の草原環境がどれくらいの範囲に広がっていたかを検証する予定です。阿蘇の草原は、火山活動や気候といった自然条件に人間活動が加わることによって維持されていますが、それが1 万年以上続いていたとなると凄いことです。古代の人々は、どのような思いで、雄大なカルデラとそこに広がる草原を見ていたのでしょうか?


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