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>> Home >> 九州の森と林業 >> 第74号 平成17年12月1日発行 | |
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森林総合研究所九州支所 定期刊行物 九州の森と林業 |
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昆虫を殺す菌類たち南西諸島保全チーム長 佐藤 大樹1.昆虫も病気になるきのこはいろいろなものから生えてきます。しいたけのように枯れ木から出るものもあれば、生きた木を枯らすもの、落ち葉から生えてくるものも多数あります。そして驚くことに、昆虫から生えるきのこも存在します。昆虫から生えるといっても、死んだ昆虫に菌糸を伸ばして生えるのではなく、菌が生きた昆虫に感染して病気を起こし、その結果、病気になった昆虫が死んでしまい、その死体からきのこが発生してくるというお話です。 2.冬虫夏草のいろいろ
昆虫に病気を起こして殺す菌類は数百種ありますが、その中で特に有名なのが、冬虫夏草の仲間です。冬は虫であったのに、夏になると草(きのこ)に変身するということからこの名がついています。冬虫夏草の仲間は子嚢菌類のコルディセプス属(Cordyceps属)と呼ばれるきのこのグループに分類され、全世界から約400種が知られていますが、なかなか出会う機会の少ない菌類です。この仲間は、セミ、カメムシ、コガネムシ、ハチ、ガ等いろいろな昆虫の幼虫、蛹そして成虫から発生します。しかし、1種の菌が感染の対象とする昆虫(寄主)は限られており、セミタケ(C.sobolifera)はニイニイゼミだけに、カメムシタケ(C.nutans)は、カメムシ類に感染します。朽ち木に住むコガネムシの幼虫に寄生したコガネムシタンポタケ(C.neo-volkiana)(写真-1)を4月に宮崎県の綾で採集しました。8月には、九重の山ではカメムシタケ、10月には九重や福岡においてガの幼虫や蛹からサナギタケ(C.militaris)が採集されています(写真-2)。 3.硬化病菌のいろいろ見つけるのが難しい冬虫夏草に対して、不完全菌類に属する硬化病菌の仲間は頻繁に野外で見つかります。硬化病は養蚕上問題になる病気で、感染したカイコは死亡後に、体が菌糸で充満して硬化します。寄主範囲は広く、1種の菌が、多くの昆虫に感染します。中でも白きょう病菌(Beauveria bassiana)や黒きょう病菌(Metarhizium anisopliae)は、カイコの主要な病原菌である一方、多種の昆虫に感染し、B.bassianaは、日本国内でも80種以上の昆虫から記録されています。きょう(殭)とは硬くこわばった死体という意味です。夏から秋に山林ではハナサナギタケ(Isaria japonica)、コナサナギタケ(I.farinosa)、I. cateniannulata(和名なし)が出現します。熊本市内にある森林総合研究所九州支所構内には、毎年9月にセミノハリセンボン(I.takamizusanensis)(写真-3)がセミの成虫に出現します。 冬虫夏草が有性生殖により子嚢胞子を作るのに対し、不完全菌(硬化病菌)は無性的に胞子を作ります。ただし、両者は表と裏のような関係で、硬化病菌の一部には有性生殖した時に冬虫夏草になる種があります。その場合、1つの生物が2つの学名を持つことになります。 4.冬虫夏草という言葉いままで特に断らずに冬虫夏草という言葉を用いてきましたが、人により大きく3つの使い分けがあるので注意が必要です。中国で「冬虫夏草」とは固有名詞であり、Cordyceps sinensis(シナ冬虫夏草)1種を指します(写真-4)。これは、一番厳密な使い方です。次は少し広義にCordyceps属菌を冬虫夏草と呼ぶ考え方、そして、昆虫から生じるきのこ状の菌類はみな冬虫夏草と呼ぶ考え方です。この原稿では2番目の考え方を用いています。 5.昆虫疫病菌類昆虫に病気を起こす第3の菌類が有ります。接合菌のハエカビ目に属する菌類です。この菌類はきのこを作りませんが、野外でハエやバッタなどに爆発的な流行病を起こして、その個体群をほぼ絶滅させてしまうほどの強い影響力を持っており、昆虫疫病菌類と呼ばれます。この仲間もこだわりが強く、ハエカビ(Entomophthora muscae)はハエ、エントモファガ・グリリ(Entomophaga grylli 和名なし)はバッタ、パンドラ・ネオアフィディス(Pandora neoaphidis 和名なし)(写真-5)はアリマキなどのように、特定の寄主にしか感染しません。胞子は、自発的にロケット弾のように発射され、死体を一周するように胞子が積もっています。また、感染したバッタやガの幼虫が、草の先端に登って死亡するという奇妙な行動を起こすことが知られています。高く登ることによって、遠くまで胞子をとばすことに適応していると考えられています。上述の3つの菌類を、以後昆虫病原菌としてまとめて話を進めます。 6.昆虫病原菌の役割東北のブナ林では、ブナの葉を食べるブナアオシャチホコというガが約10年周期で大発生しますが、そのときの蛹の90%以上にサナギタケが感染して流行病を起こします。現地の林床に蛹を埋め込んでサナギタケをつり出す実験を繰り返すことにより、このガの幼虫が地中で蛹になる時期に、この菌が一番よく活動することが解明されました。お互いの生活の周期がよく一致しています。また、20年ほど前に、鹿児島県の馬毛島でトノサマバッタが大発生した時に、エントモファガ・グリリによる流行病により大発生が収まりました。昆虫病原菌は、特定の生物が増えすぎないようにする天敵としての役割を持っていると考えられます。 感染はどのように起きるのでしょうか。一般に、昆虫病原菌の場合、殆どすべての菌が皮膚を通して感染します。胞子を昆虫の体に塗ることで感染させられますし、餌を食べない蛹の埋め込みにより感染したことからも皮膚から感染したことは明らかです。昆虫病原菌は、昆虫の体内では酵母状の細胞(ハイファルボディ、hyphalbodies)になって増殖してゆきます。感染虫は衰弱し、やがて死が訪れます。その後菌糸が皮膚を破ってきのこや胞子が作られます。胞子が付着したら瞬間的に昆虫が死亡するというようなことはありません。一方、昆虫病原性のウイルスやバクテリアは経口感染します。 7.昆虫病原菌の利用 冬虫夏草類のうち、特にシナトウチュウカソウC.sinensisは、漢方や中華の高級食材として知られています。この種は日本には分布しませんが、日本でもドリンク剤の類にその抽出物が添加されています。前出のサナギタケは、培養したハイファルボディを蛹に注射すると、子実体を形成させることができます。 8.昆虫病原菌探し昆虫病原菌は菌類ですから湿度を好みます。保証できる採集方法はありませんが、以下のようなところを重点的に探しています。比較的平らで落葉が積もり近くに沢のある場所、樹皮、太い倒木、林道の法面、これらの場所でじっくり観察して、棍棒状やマッチ棒状の形態をした構造を探し出し掘り出します。また、地面が白く粉をふいたようになっている状態や樹皮から白い粉が出ている場合は、硬化病菌を疑ってください。経験的に比較的採集効率がよいのは法面です。春先、カラスノエンドウ上のアリマキには、多くの場合昆虫疫病菌が見つかります。採集物は、寒天培地等に分離した後、乾燥標本にして保管します。 9.今後の昆虫病原菌研究冬虫夏草、硬化病菌、昆虫疫病菌以外にも昆虫を殺す糸状菌は多数知られています。水生昆虫の病原菌(ツボカビ)、カイガラムシの病原菌(担子菌)など様々です。しかし、日本でも海外でも限られた種を用いた応用実験の事例が多いのが現状です。日本は、多種の冬虫夏草を産することで知られており、まだ整理されていない昆虫病原菌類が、九州を含め南西諸島には数多く知られています。類縁菌、そして他の生物とのつながりはどのようなのでしょうか。生物資源の探索、種の多様性の保全、それらの基盤となる昆虫病原菌の分類学的整理が重要研究課題と考えられます。 |
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