![]() |
|
>> Home >> 九州の森と林業 >> 第66号 平成15年12月1日発行 | |
![]() |
|
森林総合研究所九州支所 定期刊行物 九州の森と林業 |
![]() |
ケヤキ人工林のクワカミキリ被害森林動物研究グループ長 伊藤 賢介1.はじめにクワカミキリは成虫の体長が4cmくらいの大型のカミキリムシで、クワやイチジクの害虫として有名です(写真−1)。しかし、養蚕業の衰退に伴うクワ畑の減少によって、また1960年代から急速に被害地を拡大して個体数を増やしたキボシカミキリとの競合によって、クワカミキリの個体数は激減しました。その結果、群馬、香川、高知の3県や名古屋市のレッドリストに絶滅危惧種や準絶滅危惧種として掲載されているほど、クワカミキリは稀少な昆虫になりました。 ところが、近年、スギ・ヒノキ林業の不振を背景に広葉樹の植栽が推奨され、なかでも用材として価値の高いケヤキの人工林が全国的に増加するにつれて、各地のケヤキ新植地でクワカミキリの被害が多発しています。しかし、ケヤキ人工林におけるクワカミキリ被害が知られるようになったのはごく最近のことで、被害の実態も十分には調べられていません。以下では、クワカミキリの生活史と被害の特徴を紹介し、次に若いケヤキ林で3年間調査したクワカミキリ被害の実態を報告します。
2.クワカミキリの生活史と被害の特徴クワカミキリは本州、四国、九州に分布します。1世代(卵から成虫になって交尾・産卵するまで)を完了するのに2〜3年かかると言われています。被害木の中で羽化した成虫は、6〜7月に直径約1cmの丸い脱出孔(写真−2)を開けて外に出てきます。成虫は主に夜間に活動し、若い枝の樹皮をかじって食べます。7〜8月が産卵時期で、幹と枝との、あるいは枝と枝との二股になった部分に産卵することが多いようです。メス成虫は樹皮に幅1cm、長さ1.5cmくらいの長方形の噛み傷(写真一3)を作り、その中に1個の卵を産みこみます。メス成虫の平均的な産卵能力は60〜70個と報告されています。
産卵後10日ほどで孵化した幼虫は枝から幹に向かって材の内部や樹皮下の材を下方に食い進んでいきます(写真−4)。こうして幼虫が食べて空洞になった部分を孔道と呼びます。幼虫は孔道のところどころで外部に通じる小さな虫糞排出孔を開けてダンゴ状の虫糞を外に押し出します。新しい虫糞は樹液と混じり湿っていて、枝や幹の表面に付着したり幹の根元に堆積したりしています(写真−5)。終齢になった幼虫は孔道の先端部に木屑を詰め、そこで5〜6月に蛹を経て成虫になります。1頭の幼虫が2〜4mの長い孔道を作るので、数頭の幼虫に食害された木では材内に大きな空洞や腐朽部ができます。このため、強風で幹や枝が折れやすくなり、さらには樹勢が衰弱して枯死する場合もあります(写真−6)。 ケヤキの幹にはコウモリガやゴマダラカミキリなどの幼虫も穿孔加害しますが、クワカミキリの被害木では幹のところどころに独特の虫糞排出孔が開いていてそこから虫糞や樹液が出ているので、他の害虫被害と区別できます。ただし、虫糞排出孔は1年もしないうちに癒合によってふさがってしまうことが多く、また虫糞も雨に流されたりしていずれは消失してしまうので、古い被害は分かりにくくなります。 3.クワカミキリ被害の調査方法九州支所実験林内のケヤキ人工林を調査地としました。この林の面積は0.7ha、標高は80〜100mで、1992年にha当たり1500本の密度でケヤキが植栽されました。調査開始直前の2000年2月には全部で913本のケヤキがあり、地上20cmの幹直径の平均(最小〜最大)は4.9(1.0〜11.3)cmでした。2000年から2002年までの3年間、5月と10月に枯木の有無と地上2mまでの幹枝にクワカミキリ幼虫の虫糞排出があるかどうかを調べて、虫糞が発見された木を被害木として記録しました。 4.クワカミキリ被害による枯木の発生3年間で24本の枯木が発生しました。そのうちの18本には写真−6のように幹にクワカミキリの幼虫孔道があったので、これらの木はクワカミキリ幼虫の食害で枯れたものと判断しました。1年当たりの平均では6本が枯れたことになるので、全生立木に対する年間枯死率は約0.7%になります。クワカミキリによって枯れた18本のうち12本は幹直径が林全体の平均よりも小さな木でしたが、一番大きな枯木の直径は8.8cmでした。今後も被害が累積してゆくと、もっと大きな木も枯れてしまうかもしれません。 残り6本の枯木の枯死原因は、下刈り時の誤伐とコウモリガやゴマダラカミキリの食害などでした。 5.クワカミキリ被害の推移調査の途中で枯れてしまった24本を除いた889本の生残木における被害木率と累積被害木率の推移を図−1に示します。被害木率は5月調査では32〜39%で、10月調査では45〜50%で、5月に低く10月に高くなりました。夏期に被害木率が上昇するのは、新たに産卵された幼虫や地上2m以上の幹枝から材を食べながら降下してきた幼虫によるものと推測されます。一方、冬期の低下は、幼虫が死亡したり終齢になって摂食を完了することによるものと推測されます。3年間の累積被害木率は調査開始時の39%から76%に上昇しました。
6.ケヤキの大きさとクワカミキリ被害ケヤキの大きさ(地上20cmの幹直径)別の本数と累積被害木率を図−2に示します。生残木の95%を占める直径2〜8cmのケヤキでは、累積被害木率はほぼ74〜77%で大差ありませんでした。また、ケヤキ全体について統計的に検定したところ、ケヤキの大きさと累積被害木率との間に関係は認められず、ケヤキは大小によらずクワカミキリ被害を受けていることが分かりました。 7.おわりに稀少な昆虫になっていたクワカミキリは、各地にケヤキ人工林が増加するにつれて、勢力を盛り返しているようです。クワカミキリは植栽後まもないケヤキ林に侵入して、急速に林内に蔓延します。被害木が枯れることもあります。枯れなかったとしても、被害木の幹には大きな幼虫孔道が作られ、その周囲に変色や腐朽が入りますので、材質が低下するでしょう。クワカミキリのように材内を食害する害虫の場合、被害に気付いたときには既に林内に蔓延してしまっている場合が多いので、それから防除するのは非常に難しくて効果も上がりません。標高の低いケヤキ林ほどクワカミキリ被害を受けやすく、特に今回の調査のように標高が100m以下のケヤキ林では激しい被害を受けますので、低地にケヤキを造林するのは避けるべきでしょう。 |
||||||||||||||||
独立行政法人 森林総合研究所九州支所 |