>>  Home  >>  九州の森と林業 >> 第59号 平成14年3月1日発行
森林総合研究所九州支所 定期刊行物 九州の森と林業

森の土は雨水をどのように貯えるのか

  森林生態系研究グループ 小林 政広  本所水保全研究室  清水 晃
山地防災研究グループ 清水 貢範  山地防災研究グループ 小川 泰浩
本所土壌資源評価研究室 伊藤江利子

1.はじめに

 森林の持つ様々な機能の中で,特に国民の関心の高いものとして水源滴養機能をあげることができます。これは,森林に降った雨が地中に一時的に貯えられることにより,雨水が一気に川に流れ出すのを防ぎ,雨が止んだ後にも長い時間にわたって清浄な水を流出させる働きのことです。このような機能の発揮においては,森林の土壌が大きな役割を果たしていると考えられており,水源地域の森林の土壌に実際にどれだけの量の雨水を貯える能力があるか,この能力が森林の利用の仕方によって変化することがあるのかどうかを具体的な数値で示すことは重要な課題です。そのためには,森林の土壌中でどのように水が流れるのかをよく理解した上で解析を行う必要がありますが,意外にもその実態は十分には認識されていません。

 以上を研究の背景として,雨水が森林の土壌の中に入っていく様子を実際に観察する目的でいくつかの実験を行いました(浸透経路観察実験)。その結果,既存の理論でよく説明できる均一に排された畑の土とはかなり異なり,森林の土壌中では複雑な雨水の流れが起こっていること,それには樹木の存在が深く関わっていることなどが分かりましたので,ここにご紹介します。

2.浸透経路観察実験の方法

写真−1 人工降雨装置

 森林総合研究所九州支所立田山実験林内のスギ林,コジイ林の地面に,約1mXlmの広さで人工降雨装置(写真−1)を使って色素を溶かした水を散布し,あとから地面を掘って色素で染められた雨水が流れた跡を観察しました。また,同じスギ林とコジイ林で,木の幹を伝って流れる雨水(樹幹流といいます)の影響を調べるために,木が立っている部分を含む5mXl.5mの領域に,自然の降雨が10mm降るごとに一回,噴霧器を用いて高濃度で色素を含む水を散布し,あとから地面を掘って土壌断面を作り,雨水の流れた跡を同じように観察しました。さらに,均一に耕された土壌での雨水の浸透との違いを見るため,九州沖縄農業研究センターの実験圃場でも,噴霧器を使って地面に人工降雨を散布する方法で実験を行いました。いずれの実験においても,色素には環境への影響を考慮して食品用のものを用いました。

3.よく耕された畑の土壌への水の入り方

 よく耕された畑の土壌中では,極めて均一な水の流れが生じていることが分かりました(写真−2)。水の流れがこのように一様になる場合には,従来から用いられている水浸透に関する理論でも定量的な解析が十分に行えます。これに対して森林の土壌中では,どのように水が流れるのでしょうか。

写真−2 よく耕された畑の土壌への一様な水の入り方

4.森林の土壌への水の入り方

 写真−3にスギ林での,写真−4にコジイ林での,人工降雨装置を使って行った実験のあとに作成した土壌断面を示しました。いずれの断面においても色素の分布は,よく耕した畑のものとは異なり一様ではなく,水が流れやすい部分と流れにくい部分があることが明らかです。特にコジイ林の土壌の表層部では,雨水の入り口となっている部分が非常に少なく,限られた場所からしか入り込んでいません。

写真−3 森林の土壌への水の入り方
(スギ林.木のない部分.青色は色素)
写真−4 森林の土壌への水の入り方
(コジイ林,木のない部分)

 このようなことが起こる原因として,数センチの厚さで幾重にも重なっている落ち葉の層が存在するために,地面に穴の空いたシートが敷かれているような効果が現れていることが考えられます。

写真−5 土壌の撥水性(水がはじかれ,吸収されない)

 もう一つ,これまで注目されることが少なかった要因ですが,大きな影響を及ぼしていると考えられるのは,土壌が乾燥したときに現れる水をはじく性質(撥水性)です(写真一5)。森林の土壌の表層部には,植物や動物の作用による連続した大きな穴がたくさん空いています。このような穴は,周りの土壌が親水的な場合には,その土壌が水で満たされるまで連続した水の通り道として働くことはありませんが,周りの土壌に撥水性がある場合は,連続した穴に入った水はそのまま落ちるように下へ流れます。

 この点もよく耕した畑の土壌とは異なる点です。実験を行ったコジイ林の表層土壌にも,ある程度乾燥したときにはこの撥水性が現れていました。

5.木があることの影響

 木が立っている部分では,もう一つ特徴的な水の入り方が観察されました。写真−6はスギ林で自然降雨のあとに作成した土壌断面です。木と木の間の部分での染色が一様ではないことに加えて,2本あるスギの幹の直下では,全体として色素の分布域が幹の間の部分と比較して,より深いところまで達していました。これはスギの根元の部分には,先に述べた樹幹流として周囲より多い量の雨水がもたらされたためと考えられます。同じ現象は,コジイ林でも観察されました(写真一7)。また,下向きに伸びている太い根に沿う形でも染色域が深い部分に達していました(写真−8,写真−9)。これらの太い根と周囲の土壌を観察すると,多くの場合,根の表面と土壌の間に1〜5mm程度の連続した隙間がありました。コジイ林の根に沿った染色域は,観察を行った範囲では最大で深度120cmに達していました。

写真−6 木があることの影響
(スギ林,幹の直下の集中的な流れに注目)
写真−7 木があることの影響.
(コジイ林,幹の直下の集中的な流れに注目)
写真−8 太い根に沿った選択的な水の流れ
(スギ林)
写真−9 太い根に沿った選択的な水の流れ
(コジイ林)

6.おわりに

 このように,森林の土壌への水の入り方はよく耕された畑のものとはかなり異なっており,全体として一様ではない,「不均一」な水の入り方をしていることが分かりました。この場合,染色されていない部分には,水がなかなか到達しないことになりますので,そこでは水を貯えることもできないことになります。このような現象が起きる場所で,よく耕した畑のような単純な解析(一様な流れを仮定した解析)をすると,能力の過大評価をしてしまう恐れがあります。

 では,どのような解析を行えば良いのでしょうか?残念ながら,その答えはまだ得られていません。ですが,先に述べた樹幹流による雨水の集中化,生きた根の周囲や腐った根の跡などを経路とする選択的な雨水の流れ,それを助長する土壌の撥水性の低下などは考慮すべき重要なポイントであると考えられます。今後,これらの効果を加味した解析手法を確立し,森林土壌の水を貯える働きのよりよい理解と評価を目指して,さらに観測・実験を重ねる予定です。

 最後に,今回ご紹介した実験のうち,畑の土壌に関する実験は九州沖縄農業研究センターの宮本輝仁氏と共同で行いました。また,この際,同センターの業務課の方々にご協力いただいています。ここに記して感謝いたします。


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