>>  Home  >>  九州の森と林業 >> 第51号 平成12年3月1日発行
森林総合研究所九州支所 定期刊行物 九州の森と林業

稀少樹種ヤクタネゴヨウの枯死とマツ材線虫病

昆虫研究室:中村(真鳥)克典・樹病研究室:秋庭満輝

1.ヤクタネゴヨウとは

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 鹿児島,磯庭園。この名園のシンボルともなっている,感動的な樹形の巨大なマツ。この木こそが 今回の主役「ヤクタネゴヨウ」です(写真-1)。5本一組の針葉からゴヨウマツの仲間であること は明らかですが,やや長めの針葉や灰色味の強い樹皮は普通のゴヨウマツとは一見して異なっていま す。

 ヤクタネゴヨウとは「屋久・種子・五葉」の意味であり,その名の通り屋久島と種子島のみに自生 する五葉松の一種です。分類学的には中国南部と台湾に分布するタカネゴヨウというマツの変種とされていますが,生育地の限られた貴重な樹種であることに変わりはありません。

 ヤクタネゴヨウは屋久島では島の南部から西部の標高300〜800mの急峻な斜面上に自生しています。  一方,種子島では山の斜面だけでなく川べりのような場所にも自生しており,人家付近に植栽されて いることもよくあります。いずれの場合も,個体によっては幹の直径が1〜2mに達する巨木になり ます。この樹種はもともとの生育地が限られている上,種子はあまり遠くまで飛ばず,また暗い林内では芽生えが定着しにくいという,いかにも勢力拡大には縁のなさそうな性質の持ち主でした。 その一方,大径となり,しかも材は腐朽に強いという木材としてのすぐれた特性が人間の目にとまり, 明治以降丸木舟の用材のため大量に伐採されて急激に個体数を減らしてしまいました。世が移り,丸木舟の需要もほとんどなくなったところで,昭和50年代から今度は立ち枯れ被害が頻発するようになりました(写真−2)。このような経緯を経て,今やヤクタネゴヨウは絶滅の危険にさらされており, 日本版レッドデータブックに危急種としてリストアップされるまでに至っています。

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2.ヤクタネゴヨウの立ち枯れの原因は?

 上で述べた通り,屋久島や種子島に自生するヤクタネゴヨウでは昭和50年代から立ち枯れ被害が目立つようになり,この樹種の個体数減少の大きな要因となっています。この枯損被害の原因を突きと め,対策を講じることは,稀少なヤクタネゴヨウの保護を考える上で非常に重要です。

 日本でマツを枯らす病害といえば,まず思い出されるのがマツ材線虫病です。この病気はアカマツ ・クロマツ・リュウキュウマツといった日本産二葉マツでの激しい被害がよく知られていますが,ゴヨウマツやチョウセンゴヨウにも強い病原性を持つことがわかっています。そこで,ヤクタネゴヨウの枯損の原因についても材線虫病が真っ先に疑われ,苗木に対する接種試験からヤクタネゴヨウに対する病原性が確認されました。しかし,苗木が病気にかかったからといって野外に生育するヤクタネゴヨウの大木が同じ病気に侵されるかどうかは疑問が残ります。それ以前に,もし野外のヤクタネゴヨウ枯死木が材線虫病で死んだとするなら,これらの枯死木が材線虫病に感染していたことを示す証拠を明らかにしなければなりません。そこで私たちは,ヤクタネゴヨウの枯損と材線虫病との関係を明らかにするため,野外に生育するヤクタネゴヨウから試料を採取して材線虫病感染の証拠を集めるとともに,ヤクタネゴヨウ成木へマツノザイセンチュウを接種してその病原性を確認することを試みました。

3.材線虫病感染の証拠を求めて

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 マツ材線虫病は病原生物「マツノザイセンチュウ」が伝播者「マツノマダラカミキリ」によって媒介される病気です。マツノマダラカミキリ成虫はマツ枝の樹皮を食物としていて,マツノザイセンチュウはカミキリが摂食のため樹皮をかじる時にできる傷口からマツの体内へと侵入し,感染します。 したがって,材線虫病に感染したマツでは線虫が木へ入り込む時の入り口であるカミキリの摂食痕が枝に残っているはずですし,また,樹体内からは病原体であるマツノザイセンチュウが検出されるはずです。そこで私たちは,屋久島,種子島および鹿児島市寺山に自生または植栽されていたヤクタネ ゴヨウの健全木, 衰弱木,枯死木から枝を採取してマツノマダラカミキリの摂食痕を探すと同時に,樹幹から材片を採取してマツノザイセンチュウの検出を試みました。その結果,マツノマダラカミキリの摂食痕はほぼすべての調査木で見られ,特に枯死木では例外なく確認されました(写真-3)。

 樹体内のマツノザイセンチュウは発病後の一定期間しか検出できないため,すべての枯死木から検出されたわけではありませんでした。しかし,新しい枯死木(枯死後2年未満)では5本中4本からマツノザイセンチュウが検出されました。このようにして,私たちは野外のヤクタネゴヨウで材線虫病の感染が起こっている証拠を得ることができました。しかし,調査期間中に発生した枯死木の数が少なかったため,調査木数は十分ではなく,野外のヤクタネゴヨウ枯死木のどれほど多くが材線虫病に感染していたのか,まだ最終的な結論を得るには至っていません。今後も継続した調査が必要と考 えています。  

4.接種による材線虫の病原性の確認

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 病原体とおぼしき生物が真に病原性を持っているかどうかを確認するために,その生物を寄主に接 種して病徴を再現することは必須です。そこで私たちは,当支所立田山実験林に育成されていたヤクタネゴヨウ成木(約20年生)に対してマツノザイセンチュウ接種試験を実施しました。接種に際しては,高密度(木あたり線虫を10万頭接種),低密度(同1,000頭接種),対照(水を接種)の3処理区を設定しました。この結果,病徴進展の速い遅いの違いはありましたが,マツノザイセンチュウを接種した木では接種頭数によらず,すべての木が材線虫病を発病して枯死に至りました (写真-4)。すなわち,ヤクタネゴヨウは材線虫病に対して感受性であることがここではっきりと証明されたわけです。

5.ヤクタネゴヨウの保護に向けて

 私たちの研究の結果,野外で見られるヤクタネゴヨウの枯損は材線虫病感染によるものである可能性が高いことが示されました。今回調査した屋久島,種子島,鹿児島市寺山では,いずれの地域でもアカマツ・クロマツの材線虫病激害林分が近くにあり,ヤクタネゴヨウの枯損はこれらの激害林から飛び火したものと考えられます。

 近年のヤクタネゴヨウの立ち枯れの原因が材線虫病であったとしても,自然環境の保護が最優先される屋久島の天然林や,ヤクタネゴヨウがあちこちに分散して生育している種子島で,普通のアカマ ツ・クロマツ林で行われているような農薬散布などの材線虫防除を実施することは不可能です。ヤクタネゴヨウへの材線虫病の感染が問題となる場合には,むしろ,感染源となる周辺のアカマツ・クロ マツ林の除去,樹種転換などをはかることが重要でしょう。近くのクロマツ林が材線虫病の被害でほとんど枯れ尽くした屋久島西部で最近ヤクタネゴヨウの枯損が減少している事実は,感染源の除去に よるヤクタネゴヨウの枯損抑止の効果を私たちに示しているように思われます。一方,植栽等により新たなヤクタネゴヨウの林分を創生するような場合には,材線虫病に対する十分な対策が講じられる べきでしょう。

 ヤクタネゴヨウを絶滅の危機から救うには,個体数減少の原因の解明のみではなく,生残個体数の 正確な把握や人工的増殖技術の開発,芽生えの定着条件の把握など多方面からの研究が必要です。屋久島・種子島の自然を象徴するヤクタネゴヨウの保護に向けた研究は,各研究機関,大学,市民ボラ ンティアにより現在も進められています。

 本研究は九州大学農学部の金谷整一博士との共同で実施しました。また,調査にあたっては熊本営 林局(現九州森林管理局)屋久島森林環境保全センターおよび西之表森林事務所,鹿児島大学寺山教育研究施設の協力をいただきました。ここに記して深謝の意を表します。


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