>>  Home  >>  九州の森と林業 >> 第50号 平成11年12月1日発行
森林総合研究所九州支所 定期刊行物 九州の森と林業

  山姥の休め木(絹皮病)の謎と働き

保護部長:楠木学
樹病研究室:秋庭満輝,石原誠
関西樹病研:池田武文
本所樹病研:河辺祐嗣

1.はじめに

 九州地域の常緑広葉樹林を散策していると,うす暗い木立の中に銀白色をした老婆の白髪みたい な物が木の枝から房状に垂れ下がっているのを見かけることがあります(写真ー1)。 山中の薄暗い中で出くわすだけに,非常に薄気味悪く感じられるものです。
 これは絹皮病(きぬかわびょう)というかび(糸状菌)の一種によって起こる樹木の病気です。 この病気に罹るとまず銀白色の菌糸が枝や幹の表面を覆い,木質部は腐朽して柔らかくなるため, 罹病した枝はひもみたいに垂れ下がるようになります。病原菌は担子菌(きのこの仲間)の一種で シリンドロバシディウム アージェンテウム(Cylindrobasidium argenteum)といいいます。ツブ ラジイ(以下,コジイ),ヒサカキ,イスノキなど多種類の常緑広葉樹に発生し,北は千葉県清澄 山,南は沖縄県西表島まで分布することが知られています。この病気の存在については江戸時代か らタイトルにある「山姥の休め木」の名前で一部の人には知られていたのですが,病原菌の生態や 働きについては最近まで謎につつまれていました。

2.絹皮病の病原性

 九州地域の常緑広葉樹の二次林では,皆伐した後二十数年頃から七,八十年頃までの林ではコジイ が優占することが多いのですが,その後コジイは急速に衰退するといわれています。このコジイの衰 退には様々な病気や菌が関与していると考えられ,例えば台風などの強風で折れた枝などの傷口から シイノビスケットタケという名の腐朽菌が侵入し,幹腐病という病気を起こし,これがコジイの衰退 に強く関与している場所もあります。このほか被圧による衰弱と菌の侵入のどちらが先かわからない のですが,カワラタケやヒビワレコメバタケなどの腐朽菌が付いて立ち枯れになっているコジイもし ばしば見かけます。このコジイの衰退に絹皮病菌を始めどのような腐朽菌が関与しているのか大まか に調べてました。比較接種;常緑広葉樹林で立ち枯れ木などに頻繁に発生している代表的な腐朽菌を分離し,接種に使う種駒を混ぜ込んだノコクズ培地に培養し,@立木の幹にドリルで直径8mmの穴をあけ,そこに菌 を培養した種駒を打ち込む方法,A樹皮の部分をナイフで削りそこに種駒を結びつける方法,B樹皮 に傷も何も付けずに種駒を結びつける方法,の3方法でコジイやアラカシなどの立木に接種をしてみ ました。そして1年後と2年後に接種木を外面の観察の他,接種部位を中心に割材して調べてみると, 材を腐らせる力すなわち腐朽力はカワラタケやアナタケが強いのですが,伝染力や木を枯らす力すなわち病原性は絹皮病菌が抜群に強いことがわかりました。

  絹皮病菌接種木の経過;絹皮病は罹病枝や培養した種駒を立木の枝や幹にくくりつけるだけで簡単 に発病することがわかりましたので,今度は直径数mmから5,6cmのコジイの枝や幹にこの方法で接 種してみました。そして数年間にわたりその様子を観察し続けたところ,夏の高温多湿の時期に急速 に進展し,直径1cm未満の枝は接種後1年以内に半数以上が枯死してしまい,5,6cmの枝や幹でも 3年程度で約半数が枯れてしまいました(図ー1)。また別に行った直径約30cmの2本の大径木への 接種試験でも接種4年後には幹表面の菌糸膜は幹の周囲を一周し,上下方向に85cmに広がっていまし た。また木質部の変色は上下に70〜100cm,腐朽は40〜60cmに達していました。この大径木2本はこの 時点で切ってしまったため,その後の経過を観察することができませんでしたが,野外の罹病木で観 察されているように,この接種木も数年後には枯死,さらに数年後には幹折れ(写真ー2)という経 過をたどるものと考えられました。

3.林齢と絹皮病被害率

 鹿児島県の大口市や川内市には,広葉樹林が毎年数カ所ずつ小面積単位で収穫が行われている地域 があります。従ってこの地域には林齢の異なる広葉樹林が多数存在します。これらの地域で林齢と樹 種構成の関係を調べてみると,皆伐後4,5年の林ではアカメガシワやカラスザンショウなどの早生 樹が優占する林になりますが,30年を過ぎる頃からコジイが優占しはじめ,50年くらいまでこの状態が続き,80年を過ぎるとコジイは次第に衰退し,イスノキ,タブノキ,イチイガシなどが優占する林 になります(図ー2)。同様に絹皮病の被害率を調べると,20年未満の若い林ではほとんど見つから ず,皆伐後2,30年代にやや高く,その後は徐々にに低下していくこと(図ー3)。沢沿いや湖畔の そばなどの湿度の高い場所で被害率が高く,尾根などの乾燥した場所で被害率が低いことなどがわか りました。

4.絹皮病菌の伝染方法

 樹木の病気は,胞子が風や雨しぶきなどにより飛ばされて伝染するケースや媒介虫が伝搬するケース が一般的ですが,この絹皮病菌の場合,胞子を使ってイスノキやコジイの苗木に接種しても発病させる ことができませんでした。一方,野外に発生している病枝を取ってきて健全な苗木にくくりつける方法 では簡単に発病させることができます。また野外でも,たいてい近隣の病樹から銀白色の病枝が垂れ下 がるなどして接触し,そこから菌糸が広がり伝染している様子が観察されます。そこで,接触伝染でこ の病気が伝染するとすれば,どうやって皆伐跡地に発生するようになるのか,また,皆伐後20年を過ぎ る頃からこの病気が発生し始めることに何か意味があるのかといった疑問がわいてきました。

 そこで,@周辺の広葉樹林から罹病枝が風などで飛ばされて来て感染する,A鳥が営巣材料に罹病枝 を使ってそこから感染する,B胞子で感染するが,発病条件が複雑であるため接種試験で再現できない, という三つの仮説を立てて調査をしました。このうちの@については竜巻や今年の18号台風のようなケ ースを除き,想定の困難な場所にもたくさん発生していることから可能性は低いと考えられました。ま た,Bについては前に書いた方法以外に胞子を作っている病枝を金網に入れて苗木の上に吊し,雨が降 るたびに胞子液が苗木にかかるようにした方法でも接種を試みましたが,それでも発病しませんでした。 しかし極めてまれにせよ@やBの方法で1箇所でも感染が起こればそこから広がっていくわけですから, 現時点で@とBの仮説を完全に否定することはできません。残されたAの仮説についても最初の1,2 年は全く何の手がかりも得られませんでした。しかし,1993年の台風19号の直後に大口地方に調査に入 ったところ,林床に落ちている鳥の巣を2個見つけ,そのいずれにも絹皮病の罹病枝が使われている (写真ー3)のを発見した時は,仮説が見事的中した喜びに小躍りしたものでした。その後も絹皮病の罹病枝が使われた鳥の巣を数個見つけましたが,そのうちの1つは鳥の巣に使われた罹病枝から巣が掛 けられていたアラカシの枝に絹皮病菌が伝染しつつある様子(写真ー4)を示すものでした。これらの 鳥の巣は専門家に見てもらったところヒヨドリの巣ということがわかりました。このように鳥の巣が樹 木の病気の伝搬に関与しているという報告は,仮説としては熱帯地域の茶樹に発生するホースヘアーブ ライト(ウマの髪の毛病)でたてられたことがありますが,はっきりと証拠をそろえた報告としてはこの絹皮病が最初で,大変ユニークなものです。また20年過ぎの林に発生し始める理由として,ヒヨドリ が営巣するためにはある程度の樹高と人目に付きにくいうっ閉した環境が必要であるからと考えると, 納得がいくような気がします。

5.おわりに

 森に生息する腐朽菌類は枯死木などを単に腐朽・分解させるグループ,生立木の状態で木質部を腐朽 させ,台風などの際に発生する幹折れや根返りの原因を作るグループ,樹木を枯死・腐朽させ幹折れや 根返りの原因を作るグループに大別できます。絹皮病菌はこの分け方では最後のグループに入り,感染 後数年で広葉樹の大木を枯死や幹折れに至らしめ,九州地域に発生する常緑広葉樹の病気の中でも最も 恐るべきもので,コジイの衰退にも大きく関わっていると考えられます。

 これまで絹皮病菌の病原性や伝染方法を主に話を進めてきて,この病気の回避方法については全く触 れませんでした。幸いこの病気はちょっと見ただけでそれとわかる病気ですから,貴重な保残すべき樹 の周囲の病樹を切り倒し,病枝と接触しないようにするだけで簡単に回避することができます。
 最後になりましたが,この研究は農林水産技術会議のプロジェクト研究「農林水産系生態秩序の解明 と最適制御に関する総合研究」で実施したものです。調査を実施するにあたり,大口営林署,川内営林 署,綾営林署(当時)の関係各位にご支援を頂きました。厚く御礼申し上げます。


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