>>  Home  >>  九州の森と林業 >> 第39号 平成9年3月1日発行
森林総合研究所九州支所 定期刊行物 九州の森と林業

新病害−「シラカシ枝枯細菌病」について

樹病研究室  石原 誠

はじめに

 皆さん,最近身の回りに生えているカシの木の異状に気がつかれていますか?生け垣・並木のアラカシ,シラカシや雑木林のアラカシの新梢と枝が黒く変色し,葉が乾いたようになって枯れているのを見かけなかったですか?この病気は約10年前頃から宮崎県の一部の地域の,庭木・緑化樹として育成されているカシの畑で確認されたのが最初のようで,その後,適切な防除法が見つからないまま鹿児島,熊本,福岡各県のカシ畑に広がっていきました。

 この病気で木自体が枯れることはあまりないのですが,一度発生し始めると次々に周辺の木や枝に伝染し,枯れ枝を摘み取っても枝枯れ症状の再発を繰り返すのでやっかいです。緑化樹として育成・栽培している段階でこの病気に罹ると生長が悪化,樹形が箒状となって乱れ,主幹がやられた場合,いわゆる,芯がたたない状態となって全く売り物にならなくなります。

 九州は緑化樹の生産がさかんな地域で,その中でも常緑のカシ類は目玉商品的存在ですが,病気の発生が深刻な栽培地は多く,その経済的被害は甚大です。また昨今では低地の常緑広葉樹林内のアラカシに病気の発生が見られるようになり,更新や生態系に及ぼす影響が懸念されます。

シラカシ枝枯病の原因は?

 この病気は接ぎ木や病患部の磨砕液を塗布する実験によって感染発病するという性質がわかり,病患部に存在するなんらかの微生物が病原体ではないかと疑いました。枯れ枝上にはFusarium属菌をはじめとする糸状菌類の子実体が多数観察され,組織中からもこれらが高頻度に分離されることから,糸状菌が病原体の候補にあげられました。ところが,いくら調べてもこれらの糸状菌に枝を枯らすほどの病原力を持ったものはありませんでした。

枝枯細菌病により樹形が乱れたアラカシ

 そこで糸状菌に限らず,ウイルス等色々な病原体を想定して探索をやり直すことにしました。果たして,病徴を詳細に観察している段階で,数本の一見健全に見える枝の表面に芥子粒大の黄色の塊が多数付着しているのが見出され,その直下の組織を解剖したところ,師部組織の細胞中におびただしい数の運動性の小粒体が観察されました。実はこの小粒体と黄色の塊は細菌の菌体であり,この細菌が原因となって枝枯れ症状が起こることが後の分離・接種試験によって証明されました。そしてこれを新病害として「シラカシ枝枯細菌病」と命名しました。

 この細菌については今,詳しく同定を行っている最中ですが,他の多くの植物に病気を起こすことでよく知られたXanthomonas属に所属する細菌であることがわかりました。

 Xanthomonas属菌による木本類の枝枯れ性病害は,日本ではカンキツかいよう病,モモせん孔細菌病等の果樹類を犯す病害がありますが,シラカシの枝枯細菌病はそのいずれとも病徴が異なっていました。 なぜ今までわからなかったか?

 前に述べました通り,病原の探索を始めてから病原細菌が発見されるまでには手間取り,約2年半もかかりました。その原因はこの病気のもつ2つの特性によるところが大きいと考えます。まず1つ目として,罹病枝上に腐性的に着生したFusarium属菌等の糸状菌類の子実体が異常に多く認められたため,これを病原ではないかと誤認し続けたということ。2つ目としては,カシ類をはじめ多くの野生の木本植物では新梢・枝を犯す細菌病は稀で,病原体として細菌は疑われない対象であったことです。 病原細菌はどこからきたのか?

 ところで,作物類や同じ木本植物である果樹類では細菌による病気はむしろありふれた存在であるのにカシなどの野生木本に細菌病が少ないのは不思議なことに思えます。また,なぜ最近(約10年前)になって突然発生するようになったのか?一体どこからやってきたのか?等,病原細菌に対する疑問はつきません。色々考えられますが,例えば,森林のなかでは潜在的に感染していた細菌が,近年になって寄主であるカシ類が畑で単一的しかも大量に栽培されるようになり,環境条件が好適になったのをきっかけとして病気を顕在化させるようになったということが考えられます。あるいは,果樹や作物の病原細菌が突然変異により寄生性を分化させてカシ類に病原性をもつようになったのかもしれませんし,海外から侵入してきた病害であることも想定されます。現在までに国内でカシ・ナラ類にこのような枝枯れ性の細菌病の報告はされていませんし,国外の文献にも有効な記載は見当たりません。よって,病原菌潜在説や侵入病害説を証明できる直接の証拠はありません。
 ある新しい病気が発生した場合,その病原菌の来歴を解明することは容易なことではありませんが,それがわかれば病原菌がどこまで分布域や寄主範囲を拡大するのか,それに対して我々はどのような防除戦略を構築していくのかということを検討する上で重要な示唆を与えてくれるものと考えます。病原菌の分類・同定研究を行っていく中で,この病原細菌の辿ってきた道のりとその未来像を予測できるような知見が得られればと思います。

薬だけでは直しきれない。

 それでは現在のところ,この病気に対してどのように対処すればよいのでしょうか?まだ病原体がよくわからなかった頃から当研究室では糸状菌・細菌病害を想定し,色々な種類の殺菌剤を施用して防除の可能性を検討してきました。その中でいくつかの抗細菌性の薬剤に防除効果が認められましたが(図−1),病気を完全に抑えることはできず,薬害の危険性もあって,それ単独で実用的に使える薬剤は見つかりませんでした。 他方で,年によってあるいは個体や地域によって病気の発生量がかなり異なるようなので,発病を左右する環境条件や抵抗性のしくみが解明されれば,被害量の予測や抵抗性系統の選抜・導入などが実現できるかもしれません。

 現在のところは,感染源となり得る被害樹・被害枝の早期の発見除去(感染時期の枝の切除による傷口の形成には要注意!)と有効な薬剤の施用を組み合わせていくことが防除のカギになると考えています。

病原細菌の多様な性質と広い寄主範囲

 この病気で更に困った点は,今現在も,被害域や被害樹種を拡大し続けている,あるいは,させてしまっているということです。緑化樹の場合,種苗や商品木の流通過程で見落とされた罹病個体が広く移動し植栽されることで本病の拡大を助長させていると考えます。しかも当初,一部地域の畑のシラカシ・アラカシにのみ発生していた被害が今ではコナラ等の他のカシ・ナラ類にも発生するようになりましたし,また,立田山や天草の例のように普通の雑木林や広葉樹林内で見られるようになりました。こうなると人為的な対策は施しようがなくなります。
 シラカシ枝枯細菌病菌の分類・同定の研究を進めていく中で,この病原細菌は採取地が異なる菌株間では培養性状や生理生化学的性質に若干違いが認められ,遺伝的多様性の高い集団であることが類推されます。この現象と被害が他のカシ・ナラ類に及んでいることとは何か関系があるかもしれません。
 寄主範囲の調査では,シラカシからの分離菌が同じブナ科のシリブカガシやウラジロガシに対して強い病原力をもっていることがわかりました。これらの樹種の栽培地,自生地での枝枯病の発生が心配されます。

終わりに

 シラカシの枝枯れ症状に関しては最近になってやっと病原細菌が発見され,その素性が少しずつ明らかになてきた状況です。今後,菌の分類・同定研究とともに病原菌の感染方法等の病気の発生生態の研究を早急に押し進め,実用的な防除法・被害回避法の開発につなげていきたいと思っています。


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