>>  Home  >>  九州の森と林業 >> 第35号 平成8年3月1日発行
森林総合研究所九州支所 定期刊行物 九州の森と林業

森林土壌の酸性化と樹幹流との関係

土壌研究室 酒井 正治 

 前回(九州の森と林業,No.27,1994.3),「酸性雨の現状 -都市近郊林としての立田山実験林の調査例- 」と題して,酸性雨の定義,現状,研究の調査結果などを解説しました。今回は森林に降った雨が土にたどり着くまでの変化と土に与える影響についてお話します。

林外雨・林内雨・樹幹流とは?

 まずはじめに,専門用語について図−1を使って解説します。一般で言う雨をここでは林外雨(りんがいう)といいます。林冠(りんかん,木の上部にある枝や葉が集まった部分)に降った林外雨の大部分は林冠部の枝や葉を通り地面に達します。この雨を林内雨(りんないう)と言います。また林外雨の一部は幹を伝って幹の回りの土に入ります。この雨を樹幹流(じゅかんりゅう)と呼びます。一般の森林では土の表層にAo層と呼ぶ枝や葉がたまった有機物層があります。林内雨,樹幹流はこの層を通過して鉱質土壌(Ao層の下の土)に入ります。さらに鉱質土壌をここでは樹幹流の影響の強く現れる幹の回りの土(樹幹流圏土壌)とそれ以外の土(林内雨圏土壌)に分けることにします。

雨水の採取

 林外雨は支所内の苗畑で,林内雨,樹幹流は隣接する立田山実験林内の40年生コジイ,34年生スギ,35年生ヒノキ林で,1992年6月(一部は1992年8月)から一降雨毎に集めています。集められた雨水についてpH,電気伝導度,陰イオン,陽イオンの分析を行っています。雨水の採取および分析は手間と時間のかかる地味な研究ですが,現在も継続中です。

林外雨

 図−2は林外雨のpHの季節変化を示したものです。pHの範囲は3.5〜6.9ですがほぼ4.0〜5.0の間に集まります。酸性雨の判断基準となるpH5.6を下回らないpHは約2年半の期間中3回観測されただけですから,常時酸性雨が降ってると言えます。年平均pHは4.5でした。これは雨水の採取法を考慮すると全国平均値より多少低い値ですので,立田山は汚染された雨が降っていると言えるでしょう。

林内雨

 図−3は各雨水のpH(1992.8-1994.7)をまとめたものです。林内雨の年平均pHはスギ林,ヒノキ林,コジイ林でそれぞれ5.2,4.7,4.7で,林外雨のpH(年平均4.5)より高い値を示しました。このことは各林分とも林冠は雨水の酸性度を弱める機能,言い換えれば林冠はいずれも酸性雨を緩和する機能があることを示しています。

樹幹流

 一方,スギ林,ヒノキ林の樹幹流の年平均pHはそれぞれ3.9,4.0となり,コジイ林の4.6に比べて極端に低い値を示しました。このように,針葉樹のスギ,ヒノキでは樹幹を流下する過程で雨水の酸性化が急激に起こっていました。現在のところ,このような急激な水質の変化はどうして起こるのか,よく判っておりません。針葉樹の樹幹流は高濃度の硫酸イオン,硝酸イオンを含んでいることから,大気中の硫酸,硝酸イオンが強く関与しているのではと考えていますが,今後の研究の進展が求められる課題です。

スギ,ヒノキ林の樹幹流圏土壌酸性化

 スギ,ヒノキの針葉樹では,pH4前後の極めて酸性化した樹幹流が常に幹回りの土に流れています。土への影響はないのでしょうか? その答えは図−4に示されています。図−4は幹回り2mの範囲の鉱質土壌表層(深さ0〜5cm)およびその下の10〜15cm深さの土壌pHの分布図を示したものですが,特に針葉樹のスギ,ヒノキで幹回りの土が酸性化していることがわかります。つまり,pHの低い樹幹流が土の酸性化を促進していることがわかりました。樹幹流による土壌の酸性化が今後どのように促進され,また樹木にどのような影響を与えるかは現在のところよく判っていません。森林の衰退と関係して今後早急に解決すべき研究課題であります。

スギ林とヒノキ林の違い

 図−4をよくみると,ヒノキ林では深さ0〜5cmの鉱質土壌表層全体で青色(低い土壌pHを示す)が広がっていますが,スギ林では幹回りだけに青色が集中していることが判ります。さらに,より深い鉱質土壌(10〜15cm)においても,ヒノキ林では弱い青の色調がスギ林に比べて広く拡がっています。これらのことは,ヒノキ林の土壌の酸性化がスギ林より広く,しかも深くまで進んでいることを示しています。先に述べたように,樹幹流のpHはスギで3.9,ヒノキで4.0と大きな違いはなく,多少スギで低い値を示します。このことはヒノキ林で土壌の酸性化がより進んでいる結果と矛盾します。この原因はAo層の有無に起因すると考えています。一般にスギ林では厚いAo層がありますが,ヒノキ林では落葉直後から鱗片葉への細片化が起こり,林地の裸地化が進むため,Ao層はありません。雨水の酸性化を緩和すると考えられるAo層がヒノキ林では無いために,鉱質土壌は樹幹流の影響を直接受けるのに対して,スギ林では厚いAo層があるために,樹幹流の影響は幹回りに限られる結果になったと考えられています。つまり,スギ林では酸性雨を緩和する林冠とAo層の2つの緩衝層を持つのに対して,ヒノキ林ではAo層を欠くため,林冠だけの1緩衝層しか持たない弱い森林生態系であると言えます。さらにヒノキ林では,栄養分の吸収に最も重要な役割を果たす細根が土の浅い部分に集中分布する傾向があります。このように樹幹流による土壌の酸性化の観点からみると,ヒノキ林はスギ林に比べて脆弱な森林生態系であるといえます。

今後の課題

 しかしながら,ヒノキ,スギは酸性土壌に対する耐性が強いと言われており,近々森林の衰退が始まるということではありません。また,以前からむしろ心配されることは土壌の緩衝能(土壌の持っている中和能力)を超えて土に酸性物質が入ってくることです。土の種類によって緩衝能は異なりますが,それぞれ酸性物質を受け入れる量には限界があります。この量を臨界負荷量といいます。もしこの臨界負荷量を超えると,森林に降った酸性物質が渓流水に直接流出することになり,飲み水の水質の悪化が懸念されます。現在,ヨーロッパでは地下水に含まれる高濃度の硝酸態窒素が問題になっています。いずれも人工林率の高い九州地域における重要な森林環境研究課題であると考えます。樹幹流の水質形成に大気汚染がどの程度関与しているのか? スギ林やヒノキ林の土壌の酸性化は将来の森林全体でどの程度すすむのか? 土壌の酸性化が樹木,養分循環にどの程度影響を及ぼすのか? など未解明の課題に挑戦していく必要があります。


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