>>  Home  >>  九州の森と林業 >> 第31号 平成7年3月1日発行
森林総合研究所九州支所 定期刊行物 九州の森と林業

サクラてんぐ巣病あれこれ

樹病研究室  池田 武文 

はじめに

 サクラは日本の国の花であり,私たち日本人にとっていろいろな意味でもっともなじみの深い樹木です。例えば,サクラ前線が沖縄から北海道へと北上し,私たちに春の訪れを感じさせてくれますし,工芸品や高級家具,食品にも利用されています。桜の名のつく地名も全国にたくさんあります。全国各地にあるサクラの名所の多くには主にソメイヨシノが植栽されています。毎年三月から四月にかけて,各地のサクラの名所は花見客でにぎわい,学校の校庭では淡いピンクの花が新入生を迎えてくれます。そんなとき,サクラの木をちょっと目を凝らして見てみませんか。きれいな花が咲き誇っている枝のなかで,緑の葉をつけたかたまりが気になりませんか(写真ー1)。それがサクラてんぐ巣病にかかっている枝なのです。そこで,サクラてんぐ巣病とはどんなものなのかをこれから述べたいと思います。

サクラてんぐ巣病の病原菌と病徴

 サクラてんぐ巣病はTaphrina wiesneri(Rath.)Mix という病原菌におこる伝染病です。この病原菌は胞子が空中に飛散して伝染すると考えられていますが,そのメカニズムはまだ十分にわかっていません。そのため,薬剤によるこの病気の予防は難しく,防除法としては春先にかけて病巣(病気に侵されている箇所)を切り落として焼却するしかありません。ここで注意しなければならないことがあります。それは昔から「桜切るバカ,梅切らぬばか」と言われているように,サクラは枝を切るとその切り口から腐れが入りやすい木なのです。これを防ぐためには,切り口に防菌・癒合促進剤(市販されています)を塗ることが大切です。
 この病気はいろいろなサクラPrunus属の木におこりますが,ソメイヨシノPrunus yedoen-sis Matsum.で特に激しい症状がでます。また,川沿いや湖畔のような湿気の多いところでよく発生します。ソメイヨシノはエドヒガンとオオシマザクラの雑種と言われています。ソメイヨシノの花の見事さにはその雑種としてのよいところが発現していますが,てんぐ巣病に弱いところは雑種として悪いところが発現したようです。この病気の症状は,枝が頂芽優性(ふつう,枝の先端につく頂芽とその下の側芽が共存するときは,頂芽はよく発育しますが,側芽は発育が抑えられて,枝葉まっすぐに伸びます。これはオーキシン等の植物ホルモンの影響だと考えられています)を失うことで側枝も伸長して,てんぐ巣病の病巣となります(写真ー2)。そのためにサクラの樹形が乱れます。さらに,てんぐ巣病にかかった枝には花芽がほとんどつかずに,葉芽だけがつき,この葉の展開がちょうど健全な枝に花が咲いている時期と重なります(写真ー1)。そのためピンクの花の中に緑のかたまりができて,ソメイヨシノの鑑賞用樹木としての価値を低下させます。さらに,一本のソメイヨシノの木にたくさんの病巣ができると,樹勢が衰えてくるとも言われています。

サクラてんぐ巣病の研究史

 この病気は日本に古くから分布していたようで,樹病として初めて研究されたのは明治28年といわれています。その後,この病気に関する研究は,病原菌であるT.wiesneriの菌学的研究やこの菌が生産する植物ホルモン様物質に関するもの,防除法に関するものがほとんどで,病気になったソメイヨシノの生理作用がどのような影響を受けるのかについては研究されていません。そこで私は手始めに,以下のような研究を行いました。

サクラてんぐ巣病にかかった枝につく葉の光合成作用と水分状態

 植物は葉で光合成(大気中の二酸化炭素と根から吸収した水から太陽のエネルギーを利用して炭水化物を作り出す,植物の最も基本的な生理作用)をして自分の体を構築する物質を作ります。私はこの光合成作用に着目し,サクラてんぐ巣病にかかった枝につく葉の物質生産がどうなっているのかを知るために,光合成や蒸散といったガス交換作用と水分状態を調べました。
 その結果,病気にかかった枝につく葉は健全な葉に比べて水不足になっており,気孔の開き方が十分でなく,蒸散速度は低いものでした。植物の葉の裏側には気孔(写真ー3)という孔があります。植物にはその孔から水が出ていく現象,つまり蒸散作用をしています。その気孔は孔の大きさを変化させて葉から蒸散量を調節しているのです。つまり,蒸散がさかんに行われているということは,植物から,よりたくさんの水が失われていることを意味しています。つまり,病気にかかった枝につく葉は,より水不足の状態にあるために,気孔をあまり開かないようにして葉からの水の損失を少なくしているのでした。
 では,光合成はどうなっているのでしょうか。光合成は蒸散とは逆に,大気中の二酸化炭素を葉の中に取り込む生理作用ですから,気孔の孔があまり開いていないということは,葉の中に入る二酸化炭素の量が少なくなり,光合成産物が少なくなるということを意味します。私の測定結果でも,病気にかかった枝につく葉の光合成速度は健全な葉よりも低く,このことを裏づけています。
 以上より,サクラてんぐ巣病にかかった枝につく葉は,健全な葉に比べて気孔を十分に開かないことで葉からの蒸散による水の損失を抑えていますが,気孔の開き方が十分でないために大気中から取り込む二酸化炭素の量も減り,光合成の十分に行われていないことがわかりました。光合成が十分に行われないと,木は弱ってくるのです。
 一般に,樹木の葉は直接太陽の光があたるところと日陰になるところでは葉の性質が異なります。病気にかかった枝につく葉は,健全な葉と同じ光環境にあるにも関わらず,健全な葉に比べて大きさが小さく厚さも薄くなり,日陰の葉(陰葉)に似ています。さらに,光合成に関係する葉の細胞の中の色素の量や組成は,日向の葉(陽葉)と陰葉の中間的なものになっていました。
 サクラてんぐ巣病の病巣はひとかたまりになって健全な葉とは形も異なりますので,遠目にはヤドリギに似たような印象を受けます。ある種のヤドリギはとりついた木から光合成産物を奪い取り,その木を衰弱・枯死させることが知られています。サクラてんぐ巣病の場合,もし病巣内部で病巣を形作る枝や葉を作るだけの十分な光合成,つまり十分な物質生産をしているのであれば,この病気が一概にサクラの生存に大きな影響を与えているとはいえません。しかし,健全な葉が作った光合成産物の一部を病巣内に取り込んで,そこの枝や葉を維持したり,新しく枝や葉を作ったりするのに利用しているとすれば,一本のサクラ似たくさんの病巣が出きることはもとの木を弱らせることになり,重要な問題となります。今後,病巣内外での物質の動きが解明できれば,この疑問に答えることができるでしょう。
 サクラてんぐ巣病にかかったサクラの木の生理作用の変化に関する研究は,まだ始まったばかりです。それはこの病気をより詳しく知ることに加えて,植物科学としても非常に興味深いテーマをいろいろ与えてくれているように思います。

おわりに

 これからの時期はまさにサクラの季節です。野外でサクラを見かけたときには,ここで私が述べたようなことを少し思い浮かべてみてください。ひと味違った花見になるかも知れませんよ。


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