| >> Home >> 九州の森と林業 >> 第25号 平成5年9月1日発行 | |
森林総合研究所九州支所 定期刊行物 九州の森と林業 |
スズメバチに関する七つの誤解昆虫研究室 牧野 俊一わたしがまだ大学にいたころ,研究室に警察から電話がかかってきました。何事かと思えば,なんでも「中年男性がハチに刺されて死んだらしいが,本当にそういうことがありうるのか」とのこと。この判事氏は変死の線で捜査でもしていたのでしょうか。しかしスズメバチの刺傷で毎年数十人を下らない死者が出ているのは紛れもなく事実です。ハブやヒグマなど,人間の生命に危険を与える生物はむろん他にもいます。しかし生息地は限られており,ヒグマなど昨今では出会うほうが難しいのではないでしょうか。一方,スズメバチは全国どこでも見られ,住宅地での発生すら問題になっています。もちろん林野にも多く,仕事がら野外に出る機会の多い私たちは,その危険性について知っておかねばなりません。 とはいえ,いたずらな恐怖は禁物です。彼らもむやみに人を刺すわけではなく,万一刺されたとしても命にかかわることはまずありません。スズメバチについてはマスコミでも毎年のように取り上げられているせいか,かつてよりも情報量は多くなったようです。しかしまだまだ奇妙な,そして場合によっては危険な誤解が残っています。こうした誤解を解くのはハチ研究者の義務でしょう。この機会に代表的な誤解を書き留めておくことにします。 誤解1:スズメバチは一度人を刺したら死ぬ ミツバチの毒針には,極端に言えば釣針ような「かえし」がついているので,刺した針は腹部の末端もろとも敵の体の残るためハチは死にます。しかしスズメバチの毒針はそうした構造をしておらず,刺した相手から抜けやすく,もちろんハチは死にません。 誤解2:刺されたらアンモニアを塗るをよい これも「神話」と言ってよいほど根強い誤解ですが,スズメバチの毒液はほとんど中性に近く,アンモニア(アルカリ性)で中和しようとするのは無駄で,氷で冷すほうがよほど効果的です。痛みをやわらげるには抗ヒスタミン剤の内服を。刺されたらすぐ口で毒を吸い出すのもいくらか効果があります。 誤解3:人が刺されて死ぬのはハチ毒成分のせいである スズメバチによる死亡はほとんどが,アレルギー性のショックによるものです。ハチ毒アレルギー体質の人では,過去に刺されたときに体内にできた,ハチ毒に対する抗体が,2度目に入ったハチ毒に過敏に反応して血圧低下その他の症状を起こし,これが危険なわけです。ハチ毒自体に溶血その他の生理作用があるのは確かですが,1,2か所刺されたくらいの毒量では(たいへん痛いのは確かですが)命に別状ありません。つまり不幸な犠牲者は,ハチ毒そのもののせいでなく,むしろ自分の生理作用のために命を失ったと考える方が正確です。 誤解4:2回以上刺されると危険
いま述べたように,これは全くの誤りではありません。しかしだれもが花粉症にかかるわけではないのと同様,ハチ毒アレルギーを持つ人は人口のごく一部です。通常体質ならば,刺されるほど症状が軽くなることのあります。某スズメバチ研究者は,シーズンはじめにわざと刺されて,「免疫をつけ」ていたそうです。 誤解5:虫よけ(忌避剤)もつければスズメバチはよってこない
虫よけにはスプレータイプや直接皮膚に塗るタイプがありますが,いずれもカ,ブユなど吸血性の虫を防ぐものです。スズメバチは巣に危害を加える外敵に向かってそれこそカミカゼのように捨て身で攻撃をかけてきます。虫よけなど全く役に立ちません。 誤解6:スズメバチはミツバチの仲間である
両方とも大きな巣を作って暮らしていますが進化の歴史から見ると両者の関係はずいぶん遠いものです。ミツバチは幼虫の餌として,花粉や蜜を与えますが,スズメバチは毛虫やハエなど動物質の餌を与えます。だから,スズメバチは巣に蜜をためることはありません。なおスズメバチの仲間は世界で約60種,日本からは16種が知られています。 誤解7:スズメバチの巣は翌年また使われる
晩夏から秋にも見られる巨大な巣を見ると信じられないことかもしれませんが,スズメバチの巣は1頭の母バチがその年の春〜初夏に作り始めたものです。どんなに大きな巣でも秋になると空になり,翌年再利用されることは,少なくとも日本ではありません。母バチが1頭でまた一から始めるのです。 以上七つの誤解,解いていただけたでしょうか。
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